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「水玉サクランボ」
おまけ。



 少し離れた位置で眺めつつ、浩二は「諦めたら良いじゃん」と呟いた。もちろん大きな声では言えない。
「あ~あ、やっちゃったな」代わりに浩二は少しも反省していなさそうな淡々とした口調で言った。「ありゃ狼の前に兎が焼き肉のタレ浴びて出てきたようなもんだぞ」
「ど、どーしよ浩二! 勇也の貞操がッ!」
 隣で夏樹が右を向いたり左を向いたりしておろおろしながら、おおげさに叫ぶ。安倉が同性愛者だと知らない夏樹は、まさか勇也に本当の貞操の危機が迫っていることを知る由もないだろう。
 だからといって大勢の前で勇也を押し倒すほど安倉も非常識ではないので、浩二は冷静に、首から提げたカメラに手を当てて「写真売ってやるか……」などと考えていた。
 勇也の身を案じてか、はたまた男同士が抱き合う(正確には一方的に抱きしめられている)シチュエーションに反応してか、女子の高い声のざわめきが大きくなっていった。時折黄色い声が混じる。写真をばら撒いたら結構な人数の女子が集まるだろう。安倉も勇也も、空手で全国大会まで行っているだけあって女子に人気はあるのだ。安倉はゲイ、勇也は鈍感なので本人たちにあまり自覚はない。
 それらとは違う女子の声がもう一つ、廊下から飛び込んできた。止まっても慣性の法則で膝まであるスカートの裾が進行方向に流れる。
「赤桐君、逃げて……」
 眼鏡をかけたその顔は、知人のものだった。
「遅かったね、戸田さん」
 安倉たちのいる方とは反対の、教室の後ろの入り口から顔を出した女子に、浩二が言う。戸田は長いストレートの髪を半分顔に垂らした幽霊のような姿のまま、眉を八の字に下げる。
 髪の毛を掻き揚げながら、戸田は首を横に向けた。学ランのせいで黒くていびつな丸い物体のように見える安倉と勇也が、入り口の前に転がっていた。
「そのようね……」
 ため息に小さな呟きを乗せて吐き出す。安倉の暴走を止めるのは、同じ部活兼安倉のクラスメイトである戸田の役割だったが、今回は間に合わなかったようである。一年の頃は安倉と同じ中学だった浩二がストッパーの役割だったが、二年に上がる際に完全に戸田にその役目を引き渡した。
 戸田が真面目な性格なのと密かにとだが安倉を慕っているのとで最近はおおむね安倉の暴走は押さえられていたが、久々に派手にやらかしてくれた。その原因は夏樹と浩二のいたずらなので、浩二も反省していなくはない。
 戸田は黒板の上にかけてある時計を見て、チャイムまで二分少々の猶予があることを確認してから教室の中に入った。
「ごめん、私がしくじった」
 浩二の横に並んで、戸田はばつが悪そうに眉をひそめて口を開く。
「さっき廊下から赤桐君が髪飾りつけているのが見えて」
「うっかり安倉に漏らしちゃったと」
「そう」
「別に良いさ」
 浩二はきっぱりと言った。視線は戸田の方を向いていない。安倉と勇也の方……写真の「素材」をじっと見ている。黒い瞳は動かないが、実は被写体が一番良く映える場所をじっくりと探っているのだ。
 浩二にしてみればどちらかと言えばネタの方が大事だ。勇也には悪いと思いつつ、しっかりフラッシュをたく。レンズに向けられる浩二の瞳は眼鏡越しでもはっきり判るほど真剣だ。
 黒縁眼鏡のせいでごまかされがちだが、素材は整っている顔立ちが、研ぎ澄まされたように輝き出す。浩二に気のある女の子なら思わずどきりとしてしまったに違いない。こんな状況なのにものすごく良い顔つきだ。戸田は呆れて二度目のため息をついた。
 戸田は浩二越しに夏樹の方に目を向けるが、夏樹は浩二に助けを求めるような視線を送るばかりで動けなかった。いくら柔道をやっているとはいえ、暴走している安倉に近づこうとする勇気まではない。馬に蹴られて死んでしまう。
 かくてこの場を納めてくれる人間がいないのだと悟り、戸田は諦めて乱れた髪を指で梳く。顔を上げて、すっと息を吸い込んだ。
「もう少しでチャイム鳴るわよ! 馬鹿やってないでさっさと机を片付ける! 席に着く!
 そして一番の馬鹿は教室に戻る!」
 高らかに言い放ち、戸田は安倉に飛び掛っていく。その後女の子ばかりにやらせておくわけにはいかないとすぐに夏樹も加わった。浩二は面白い絵を何枚か撮った後で、ようやく参戦する。安倉は数分間の攻防戦の末、チャイムによって鎮圧された。

 後にこの事件は「ぼんぼん事件」として新聞部の号外を飾るが、そこに掲載されたのとは違う勇也の写真が後日大量に出回ったことに関しては、新聞部部長である浩二は何もコメントしなかった。
 しばらくするとすぐに忘れられていったささやかな事件だったが、この後勇也がいっそう鏡とくしを使わなくなったという。そして勇也の妹の髪飾りからしばらく丸い飾りのついたゴムが全面廃止されたことは、あまり知られていない。


終われ。

 「後日談」的な終わらせ方は最近使ったばかりなので避けよう、と思い、苦肉の策として本編とおまけに分けました。なるべく台詞だけは原文に沿ったつもりですが(原文はコチラにアップしてみました)浩二と夏樹の台詞は私のイメージするキャラクターの性格に合わせてところどころ台詞を入れ替えています(あと、私は縦書きを意識して書いているので、基本「!」「?」などの記号は二つ以上並べて使わないようにしています)。安倉の暴走振りはまんま私のイメージどおりでした。安倉は暴走しているのがデフォルトですから(笑)。
 メールで送られてきた小説に加筆するのは楽で良いな~と思いつつ、好きなキャラの好きなタイプの話しか書き直さないのが難点。最近開き直ってコメディかほのぼの系の話しか書いていません。しかもBLか版権物しか書いていません。良いのだろうかこれで……。



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