[シンメトリー]


 暗くした部屋の中を、ピンク色の光が照らす。テレビからちょうど二メートル離れた場所で、極力小さくしたテレビの音声を聞いていた。ベッドの淵に寄りかかる形になる。俺と辰は体育座りで寄り添うようにして座り、画面をジッと見ていた。
 画面の中では、女性が乱れている。数人の男達の陰茎が女性を取り囲んでいて、穴という穴を塞いでいた。
 一体こんなビデオをどこから入手してきたのか。辰の人間関係は計り知れない。部活と家ではいつも一緒だが、クラスが違うのでこればかりは仕方がない。なのに辰の方は俺の人間関係をしっかりと把握しているのだから、腹が立つ。
 辰の体が動く。興奮しているのだろう。時々呻き声が聞こえる。画面より、テレビの音よりも、俺はそっちの方ばかりを気にしていた。
「はっ」
 大きな声が出てしまい、辰は自分の口を押さえる。涙目になっている。快感の涙だろうか。俺はつばを飲み込んだ。
「なぁ」
 声が俺の方に向けられ、ギクリとした。
「何?」
 平常を装ったけど、声は震えていたと思う。しかし、それは興奮しているせいだと思ったのか、辰は気にせず続けた。
「ちょっと抜いて良い?」
 俺は言葉に詰まる。
「ここで?」
「そう」
「どうして」
「だってトイレに行ったら、誰か起きるかも知れないじゃないか」
 だったらテレビを止めてもうやめにすればいいじゃないか。そう言いたかったが、激しく抗議されるのは目に見えていた。辰の問いかけは無意味だと思う。
「やれば」
「ごめん」
 小さく言って、もう耐えられないと言うように、俺の隣でパジャマズボンを下着ごと下ろす。俺はこっそりそれを横目で見ていた。下着の中から、猛った物が出てくる。すっかり興奮しているようで、それは天井を向いていた。勃起しているせいか、俺のより大きいように見える。少し悔しい。体の遺伝子は全く同じであるはずなのに。見方を変えれば、俺自身なのに。
 辰は自身に触れてゆっくり手を動かし始めた。上下へ動かすだけだが、十分な刺激になっているらしく、辰の口からは気持ちよさそうなあえぎ声が聞こえる。テレビの音声が邪魔だと思った。だけど、辰はテレビの画面を見ながら扱いている。
 自慰を見ていたら、俺も興奮してきているのが判った。さっきまで全然反応してなかった自身が、固くなってきている。テレビの光で、おぼろげに闇に映しだされる行為に目が離せなかった。
 まだ使い込まれていない、肉の色をした棒。そのせいか、何となく幼いように見える。先端に白い液がにじみ始める。絶頂が近いのだろう。いつの間にか俺は、完全に弟の自慰に見入っていた。
 テレビから一際大きな悲鳴が聞こえる。
「あっ」
 辰の顔が、快感に歪んだ。心臓が高鳴る。辰が、白い液を吐き出した。そして力無く崩れる。
 辰は自分の手を広げ、困った顔を俺に向ける。
「どうしよ、汚れちゃったよ」
 俺はどうしようもなく興奮していて、落ち着かせようと咳払いをした。
「馬鹿。そのくらいやる前に判れ」
 少し口調がきつすぎたか。後悔した直後に、案の定、辰は眉間にしわを寄せる。
「酷い。幸だって、いきたくてたまらないくせに」
 俺の前に回り込んだ。辰の影で画面が見えなくなる。逆光になった辰の顔は見えない。一瞬何が起きたか判らないままに、ズボンが下着ごと引っぱられた。
「うわっ」
 何とか音量を抑えたことを誉めてもらいたい。ズボンは片方すっかり足から抜き取られてしまった。片方だけが中途半端に引っかかっている。
 辰の舌打ちが聞こえた。
「見えない」
 何のことだか理解できなかった。急に背中が浮いた。辰に抱え込まれたのだと理解した頃には世界が回転していた。九十度回ってから、背中が床に下ろされる。足を広げられて、やっと辰は動きを止めた。
「ほら、幸だってたってるじゃん」
 テレビの光で映しだされる光景に満足げに頷き、俺の陰茎を下からなで上げる。背中にえもいわれぬ感覚が走り、震えた。
「あ、気持ちいい?」
 嬉しそうに聞いてくる。何とか力を振り絞って首を振ったが、先端をなで回されて思わず声が出た。
「あっ……」
「うわ、色っぽい。幸、将来アダルトビデオに出られるんじゃねぇ?」
 俺買うよ、と辰は冗談っぽく言う。恥ずかしくて顔を覆った。
 辰はよじるように俺自身に触れる。辰に触られているという事実が、まともに俺を刺激する。辰の手の中に射精する屈辱的なことは避けたかったが、反して快楽が俺の脳内を満たしていくのを感じた。
 止めろ。そう言いたいのに反して、もっと激しく触れて欲しいと思う。快感の方が勝って、俺の腰がびくびく動いてしまう。辰の笑い声が低く聞こえる。
「腰、動いてるよ。もっと気持ちよくして欲しいんだ?」
 反論しようとして、喉が鳴る。強く目を閉じると、涙が頬を伝った。自身が強く握られる。そのまま激しく揺さぶられ、俺は頭の中が真っ白になる。快感がポンプのように押し寄せる。その流動感が、かえって気持ちよかった。
「んっ、あっ、はっ……」
「幸……幸……、いけよ、早く。ほら」
 そう言う割に、辰は俺の陰茎を根本から締め付ける。押さえつけられた勢いで、先端から少量の精液が飛び出した。少し痛みを感じて、顔をしかめる。早くいかせてもらいたくて、辰を見上げる。辰は快楽に歪んだ顔のまま口元をつり上げていた。悪役の笑いのようだ。
「俺も、興奮してきた。幸も俺のこと慰めてくんない?」
 言われて辰自身を見てみると、さっき射精したばかりだというのに、既に半立ち状態だった。俺は小さく頷いて、辰に手を伸ばす。辰は俺の足の間に割り込んできて、俺の手が届くようにした。手が触れると、辰が微かに震える。
「じゃ、動かそうか」
 言ったとたん、再び手が激しく動かされる。再び押し寄せる快感に、俺は何もできなくなる。
「おい、ちゃんとやれよ幸」
 辰が冷ややかに言う。辰が、初めて怖いと思った。それなのに快感だけが止まらない。むしろ増長されている。俺は微かに残った意識で、辰のものを握る。それだけの動きなのに妙に力を使って、息が漏れた。
 辰の腕と、俺の腕が交差する。そして互いを慰め合っている。俺は快感に歪んで涙を流し、辰は快感に歪んで笑っている。だんだん、自分の感じている感覚が俺の物なのか辰の物なのか判らなくなっていた。辰もそうだったと思う。俺たちはぐちゃぐちゃに混ざり合って、一つになっていた。
 決別の時が来たのは、互いが白い液を吐き出した瞬間。快感が頂点に達し、熱いものが俺の体に降り注いだ。
 それが辰の精液だと気づいたのは、夜中に起きて、フルチンの辰が俺の上で眠っていたのを見たときだった。結局ほとんど見なかったビデオテープは、最初まで巻き戻って停止していた。淡い光が、俺たちをぼんやりと照らしていた。



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