[シンメトリー]


 翌日、妙に辰は機嫌が良かったのだが、理由は聞きたくもない。そして、妙に俺の機嫌が悪かった理由も、聞かないで欲しい。登校時、繋いだ手を元気良く振りながら、辰は俺を引っぱりつつ歩いていた。
 登校時間はかなり早い。朝練に向かうためだ。住宅地の間の狭い道路を歩いているのだが、人一人、車一台ともすれ違わない。初冬の冷たい空気で、吐く息は白かった。繋いだ手だけは、お互いの体温で温かい。傾いた太陽が、長い影を生んでいた。
 鼻歌交じりに歩いていた辰だが、急に歩を止める。つられて俺も止まった。
「健一さん、おはようございます!」
 元気良く手を挙げて挨拶する。俺は一瞬他人の振りをしたくなった。民家の前で水を撒いていた青年が、ホースを片手に振り返る。大学生くらいのようだ。何処にでもいそうな顔で、見覚えはない。
「おー、辰洋かー……って、ビックリしたー!」
 彼は俺の顔を見て酷く驚く。何の変哲もない、辰と変わらない顔なのに、何がおかしいのだろう。理由はすぐに判った。
「お前、双子だったのかよ!」
「そうだよー。こっちは兄の幸洋! 可愛いだろ」
「わからねぇよ。同じに見えるって」
「全然違う! 俺は格好いいの! 幸は可愛いの!」
 青年の正常な反応に、辰はムキになって声を荒げる。近所迷惑だぞ……。一卵性双生児を近所の方に見分けろといっても無理な話である。口を開けば全く性格の違う俺たちだが、喋らなければ一応うり二つなのだ。時々、毎日部活で言葉を交わしている人間にも間違われることがある。
 だいたい、何で俺の方が可愛くて辰の方が格好いいんだ。俺が兄なんだぞ、一応。疲れたため息をついて、俺は冷やかしの言葉を放つ。
「俺よりずっとガキ臭い辰君に可愛いって言われたくないでちゅねー」
「ぬあ! 幸君可愛くないザマス!」
「朝からテンション高いなー」
 全くだ。寝不足の明朝から繰り広げられる論争に、俺はめまいがしていた。何でこう元気なのだろう。俺は昨日ので精力を使い果たした気分なのに、二回も射精しているハズの辰は、とことん元気だ。もしかすると将来絶倫になるのかも知れない。末恐ろしい。
「そうだ、昨日見たよ。すてきなビデオをありがとう」
 たかが思いだしたように言って、鞄を下ろす。中から一本のテープを取りだして、青年に手渡した。
「おお、中学生には鼻血モンだったろう」
「すっげーおかずになった」
 朝っぱらから怪しげな会話に、俺は顔をしかめる。心当たりさえなければ無視するところなのだが、あるのだから黙ってはいられない。
「犯人はあんただったのか!」
「は?」
 唐突な俺の発言に、青年は顔をしかめる。小さな声で、兄弟そろって何でこう意味不明なんだ、と嘆く。失礼だな。辰は意味不明だが俺は一応常識人だ。
「あんたが妙なビデオ貸してくれたおかげで、こっちは偉い目にあった」
「何で! 可愛かったよ、昨日の幸ちゃん」
「キモイことを言うな!」
「本当だって。そこんじょらの女優さんより、よっぽど」
 俺の手を強く握り締めて、辰は力説している。ほのかにうるんだ瞳に言葉が詰まってしまう。しかしこのままだと、昨晩の状況をぺらぺら喋り始めかねない。俺は投げやりに「判った判った」と言って辰を黙らせた。
 俺が視線を青年に戻すと、青年は引きつった笑みを浮かべて硬直する。俺と目が合うと、ギクリと肩を震わせた。
「あはは、末永くお幸せに……」
 意味の判らない台詞を吐いて、庭の蛇口を締めて、ホースを取る。ホースから水が垂れるのにも目をくれず、そさくさと家の中に入っていった。ヒンヤリとした水の冷気が、足下から上がってくるのが判る。日の光を反射してキラキラ光っていた。
「何なんだ?」
 ぼやくと、辰には意味が通じていたらしく、うんうん頷く。
「いい人だ」
「何で」
 ちょっとムッとして、低い声で尋ねると、辰は柔らかく微笑んだ。俺の知らない大人みたいな表情で、思わずどきりとする。
「心配しなくても、幸せにするから」
 そう言ってまた手を握り直し、引っぱるようにして歩いていく。訳が判らないまま、でも時間が気になったので、大人しく後について歩いていた。
 やっぱり、俺は敵わないのだと思う。子供っぽいくせに、俺が知らないことをずっと知っている弟に、俺は振り回されっぱなしだ。兄として弟をリードしなければと思う反面、時々俺の方がずっと子供なのだと思い知らされる場面がある。
 子供じみた面も、大人じみた面も、全部含めて、好きになってしまったのだけれど。
 心の中で、そっと呟く。
 ――好きだよ。
 その思いが、兄弟という枠を超えてしまっていることには気づいている。だから、けして口にはしないと決めた。その分、側にいさせてくれよな。できれば、お前が結婚するまで……あわよくば、死ぬまで。
 繋いだ手を握り返せば、辰が振り返って嬉しそうに笑う。この瞬間が、何よりも幸せで。たぶん、辰も、同じ気持ちであることを感じて、嬉しかった。
 このシンメトリーが、いつまでも崩れませんように。


FIN.

久々の更新です。
夜中に「女神異聞録ペルソナ」の漫画を読んでいたら、双子萌えが降臨しました。
主人公に双子の兄がいるんです。
その兄の方が見事にひねていてひょうひょうとしていて、好きになってしまいました!
そんな兄弟を書きたかったんですが……ダメだし。
弟生意気だし。
兄へたれてるし。
ちなみに結局両思い的ですが、弟の方はそこまで恋愛感情は持っていません。
そこら辺の心理描写はいつか書けたらいいなーと(そればっかり)。
パソコンのデータが吹っ飛んだので勘弁してください。

今回風景描写がおろそかになってしまって残念です。
今度はちゃんとバランス良く書きたい。
リベンジできる日が来ると願いつつ。



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