[シンメトリー]
何処の家庭を聞いてみても、弟というものは生意気に育つらしい。俺のところも例外ではないが、不条理に思うのは、弟と言っても奴は俺とたった数分しか変わらないことだ。 双子なのである。それも、一卵性双生児。ほとんど変わらない。むしろ全く同じと言っても過言ではない。それでもたった数分先に生まれた俺は兄と呼ばれる。弟よりもしっかりすることを強制された。 「俺、ジャガイモ嫌い」 おかずのポテトサラダを前に弟の辰洋が宣言する。向かい側に座る母が眉間に眉を寄せる。 「あら、ちゃんと食べなきゃダメよ」 「じゃあニンジン代わりに食べる。幸、ニンジンちょうだい」 辰は隣の俺の皿を見て、端に残っている赤い物体に目をやった。ゆでたニンジンである。 「ダメだ。ポテトサラダ何で食わないんだよ」 「嫌いだからって言ってるだろ。良いじゃん、幸が食べてくれたって。ジャガイモ好きだろ?」 「そういう問題じゃない」 キッパリ言うと、辰はむくれたように頬を膨らます。今年高校受験を控える中三だというのに、子供っぽい。部活をやっていた時期はまだ後輩の目があったから背伸びしていた。引退後早めに家へ帰るようになったらすっかり退化したようだ。両親は家族で食卓を囲むことができてご満悦のようだが、我が儘を言われる俺としてはたまったものではない。 俺は温かいご飯を口の中に放り込むと、素早く噛んで飲み込む。ニンジンに箸を付け、口に入れようとすると、視線を感じた。辰がニンジンをジッと見つめ、口を開けている。ちらりと俺の方を見ては、またニンジンに視線を戻した。お前は親鳥にエサをねだるヒナか。今にもピーチクパーチク言いそうな間抜け面に、俺はため息をついた。 結局、いつも負けるのは兄の方なのだ。諦めてニンジンを辰の口に入れてやると、ぱくりと食いつく。箸を抜いて、満足げに噛みしめると、こくりと飲み込んだ。 「サンキュー」 子供っぽく笑い、今度は俺にポテトサラダを食べさせる。素直に食べてやると、また子供っぽく笑うのだった。 か、可愛い……。 心の中で激しく悶えつつ、口では「全く……」などと呟いてみる。両親は微笑ましく見ている。 「辰洋はまだ子供ねぇ」 母がころころ笑いながら言うと、父は深々と頷いた。 残りのおかずは何も言わずにぱくぱく平らげていく。やればできるのに、なぜか辰は一日に一回我が儘を言って俺を困らせるのだ。 もちろんわかっている。辰を甘やかしているのは俺なのだ。だがどうしても、可愛い弟にねだられると断れない。同じ顔、体格をしているのにどうしてこんなにも違うのかと、時々嘆きたくなった。小さい頃からの積み重ねが原因なのだろうけど。 「ごちそうさま!」 きちんと手を合わせて辰がぺこりとお辞儀をする。俺が小さい頃にしかりつけて以来、辰はちゃんと挨拶をするようになっていた。そうなのだ、素直なときは妙に素直だから、また困る。ずっと可愛くない我が儘男ならいっそのこと嫌いになれたのに、辰は何処まで行っても可愛いままだった。 おかげで俺は溺れてしまっている。この、双子の弟に。 わずかに残ったニンジンを見つめ、俺はため息をつきそうになった。弟が舐めた箸でじっくり食事をしながら、思う。 たぶん俺はもう、末期症状なんだろうな。 間接キスに少しドキドキしながら、俺は小さな幸せを噛みしめていた。 一番風呂は父で、俺と辰は二番目か三番目と決まっていた。最後に母が入る。今日は俺が二番風呂だった。今は辰が入っている。 長くなってきた髪をバスタオルで擦り、そろそろ切ろうかと考える。俺と辰は一緒に床屋に行くから、いつも同じ髪形だった。そうする必要は別にないのだが、二人でいつ行くのか相談するのが常だ。 風呂から上がってきたら聞こうと思ったところでちょうど階段から足音がした。落ち着きのない駆け上がるような足音は間違いなく辰だ。どすどすという足音にいつか床が抜けると、父は冷やかして言っている。 思った通り、辰が部屋のドアを開けた。湯上がりの体からは仄かに湯気が見える。寒くなったんだなぁと感じた。 「ノックをしろといつも言ってるだろ」 「えー、俺の部屋なのに」 「俺の部屋でもあるんだよ」 「そんな、水くさい」 辰は笑って勉強机に座る俺の背中に抱きつく。温かい。辰から感じる体温に、心臓がはね上がった。 俺と辰は小学生に上がって以来一つの部屋を共有していた。二階には二つの部屋があって、一つは父の寝室だ。大きい方の部屋には二段ベッドが置かれ、俺と辰の部屋になっている。 ちなみに俺は上の段で寝ている。以前は平等に交互に寝ていたが、はしごを登るのが億劫だからと、辰が俺の布団に入り込むので、俺が上になった。今考えれば、少し惜しいことをしたと思う。少なくとも、辰の寝た布団で寝られたんだから。 しかし、勉強机はスペースがなかったので一つしかない。勉強するときは交互か、部屋の真ん中に簡易テーブルを出してやらなければならなかった。俺は大体床に追いやられ、勉強机に向かうのは辰がいない間だけだったが。 「なんだよ辰、使うのか?」 辰がなかなか放れないので、俺は聞いた。少しイスを引いたが、辰は首を振る。まだ濡れた髪が俺の頬についた。 「髪、乾かせ。風引くぞ」 「すぐ乾くよ。それより」 辰がにやりと笑う。俺はギクリとする。辰がこういう顔をするときは、たいがいろくでもないことを考えているときだ。強いて言えば悪巧みをしているときの顔。俺は何も見なかったことにして、「宿題やるからどいて」と辰を追い払う仕草をした。しかし辰は放れない。むしろ内緒話をするかのように、口を俺の耳に近づける。 「良いモン見ようよ」 ようやく離れた辰の顔は、絶対俺が断らないことを確信しているような笑みを浮かべていた。何を、と聞くのは野暮だろう。大体見当が付く。たぶん、ビデオか何かだろう。俺たちの部屋には、小さいとはいえ、テレビデオが置いてあるから。 「今度はメチャクチャ過激らしいから。父さんと母さんが寝たら見ようぜ」 俺の思いを肯定するかのように言う。対して俺はため息をついた。 「お前、そういうのばっか」 「思春期だもん。幸は気になんないわけ? 彼女いない奴は大体見てるって聞くけど」 「余計なお世話だ。お前だっていないだろ」 「だから一緒に慰め合おうって言ってるじゃん」 「それが余計なお世話なんだよ」 段々恥ずかしくなってきて、言い返すのもいやだった。慰めという言葉が妙にいやらしく聞こえる。自分の頬が赤くなっていることに気づいて、目をそらした。辰が離れる。 「良いよ、勝手に見るから」 言った言葉には明らかな笑いが含まれていた。同じ部屋なんだから、音が聞こえるし、見えるに決まっているじゃないか。それを判っていて言っているのだ。 結局俺が、ため息をつく。 「判ったよ」 どのみち俺は、この弟には勝てないのだと思った。 |