[預かり物]
4.禁断の遊び 俺は、それを見下ろすようにして佇んでいた。足を肩幅に開き、軽く膝を曲げる。視線を合わせ威嚇するが、相手の眼光も怯まない。猫特有の細長い眼光が引き締まり、「にゃぁ」と鳴いた。口を開くと、鋭い牙が見える。 レイと俺は今臨戦状態にあった。レイは風呂場に。俺は洗面所に。二者の間にはスライド式の風呂場のドアがあり、それは今半分ほど開いている。人間が通れる幅ではない。俺が風呂場に入れば、レイは間違いなく隙間から逃げてしまう。一方のレイも下手に動けず、水道の下に座ってじっとしていた。 予想外のことが起きた。いや、猫が風呂を必要としないなら予測可能な事態だったかもしれない。レイは、風呂が嫌いだった。 風呂場に連れて行くまでは良かったのだが、お湯をかけた瞬間、態度は一変した。慎重にお湯の温度を調節し、はじめは手のひらに一すくいの水しかかけなかったのに、何がいけなかったのだろう。毛が濡れるのが嫌なのか、それとも水が嫌いなのか。 だからといって洗わないわけにもいかないので、俺は必死になっていた。今は風呂場だから何とかなるが、生ゴミを付けたまま外に出られた日にはたまったものではない。俺の服は既に使用不可能にされている。これはレイを洗うついでに、俺もシャワーを浴びないといけないかな。 「レーイー」 俺はなるべく穏やかな口調で話しかける。レイの耳がぴくりと動いた。瞬きを一つ。 「生ゴミ付いたままじゃ気持ち悪いだろう? 臭いだろう? ベトベトするだろう?」 言葉が通じるとは思えないが、相手の心理に訴える作戦に出る。端から見たら怪しい人だってことは判っている。でも俺は必死なんだ。 レイは前足を一歩下げる。よく判らないけど、怯んでいるのか? 俺はこの隙を逃さず、一歩足を前に進める。 浴場の段差に足をかけると、レイがさっと飛んだ。ムササビのように腹を伸ばしながら飛来する。俺は思わず目を伏せた。 一瞬レイの姿が見えなくなって、俺は慌てる。視線だけを動かして周囲を見るが、レイの姿はない。もう一歩風呂場に足を踏み入れて、浴槽の中にレイを見つけた。 体を丸めて、俺を見上げる。小さな声で鳴いた。何だか子猫みたいだ。俺は良心を刺激されるが、このチャンスを逃してはならない。片手でドアを閉めて、レイを風呂場に閉じこめることに成功した。 俺はため息をつく。これで何とか第一段階は終了だ。今度はレイを捕まえなければならない。そして洗って、乾かして……まだ道のりは長い。 俺は浴槽の中をのぞき込む。手を伸ばして、呼びかけた。 「レイ」 呼んでもなかなか傍に来ない。というか、俺の手を避けて、じりじりと端の方へ寄る。俺は少し移動して、レイに近づく。レイはさっと立ち上がり、俺の側から離れて、また座り込む。結局このパターンか……。 俺は仕方なくじっと止まり、レイと見つめ合う。再び訪れる冷戦状態。お互い、隙を探しているのだ。次の瞬間が、勝負。おそらく、先に動いた方が負け。 しばらくして、先に痺れを切らしたのは、レイの方だった。レイが少し横にずれた。 今だ。そう思って飛びかかる。同時にレイも俺にとびっかってきた! それを腹部の辺りでキャッチして、何とか取り押さえる。レイの毛並みは生ゴミでぬとぬとしていた。さっきは服越しだったので気付かなかったが、直に肌で触ると気持ち悪い。 俺はレイを掴んだままカニ歩きで移動し(歩きにくい……)、蛇口の下にレイを降ろす。片手をそっとレイから放し、プラスチック製の桶を掴んだ。 「レイ、今度は俺もちゃんと気を遣うからさ、逃げないでくれよ?」 頭をそっと撫でると、レイは目を閉じて首を伸ばした。俺の腕にすり寄ってくる。……嬉しいんだけど、後でやってくれないかなぁ……。それともこいつ、俺の腕にゴミをすり付けて、自分の体を綺麗にしているのだろうか。俺の顔が引きつった。 とりあえず、生ゴミだらけになった服を脱いだ。ティーシャツとズボンは余り凝視したくない有様だ。卵の殻とか、深く考えたくない何かの汁とかが付いているのだが……気持ち悪くなったので目をそらす。 浴槽の角にシャツを畳んで置き、ズボンも脱いでしまう。レイを洗った後、水洗いをしてから洗濯機に入れよう。トランクスを脱ぐのはさすがにはばかられた。 先ほどの暴れぶりが嘘のように、レイは俺の真横にちょこんと座っていた。俺は水に指を宛てながら、温度を測る。どれくらいの水温だったら丁度良いのだろう。先ほどよりも少しぬるめに設定して、桶に水をためた。 水をひっくり返さないようにレイの側に置く。レイは桶の縁に前足を押せて、のぞき込んだ。顔を近づける。 「飲んだらダメだからなー」 水面とレイの鼻の間に手をさしのべ、そのまま顔を付けてしまいそうなレイを阻止する。俺はそっとお湯を掬い上げ、レイの体にこぼした。 レイの体が硬直する。 「平気だよ」 俺はそれ以上お湯をかけるのを止めて、レイの濡れた毛並みを撫でた。レイは何となく俺の言葉を察してくれたらしく、先ほどのように逃げたりはしない。 続けてお湯をかける。だんだん気持ちよくなってきたのか、レイは目を閉じて鳴き声をあげた。尻尾がゆらゆらと揺れる。 地道な作業を繰り返すと、レイの体はすっきり綺麗になった。後は乾かせば十分だろう。石けんは、レイの肌が荒れると可哀想なので、付けなかった。 「じゃあ、最後にすすぎくらいはするかな」 もう一度同じくらいの温度のお湯をためて、桶を置く。レイは桶の縁を爪で掻く。ぴょんと桶の中に入った。水が跳ねる。 えらい態度の違いに、俺は驚いた。レイは水を嫌がるどころか、気持ちよさそうに水面を叩いている。水は浅めに入れたので、レイが入っても溢れることはない。 別に水が嫌いなわけではなかったんだ。さっきかけたお湯はたぶん熱すぎたのだろう。俺は桶の水を掬い上げて、レイの背中にかけ、軽く撫でる。レイは背筋を伸ばして、俺の手に身を任せた。まるでエステサロンの客人みたいだ。良いご身分だこと。 俺はお客様が機嫌を損ねないように、ゆっくり全身を撫でた。自分の体だってこんなに丁寧に洗ったことはないぞ。もう何十分、風呂に入っているのか、よく判らない。レイは気持ちよすぎて、寝てしまいそうだった。 いい加減指もふやけてきたので、終わりにしよう。余り漬かっているとレイもふやけてきてしまう。腕を掴んで、持ち上げようとすると、突然レイの眼光が開いた。 やばい。機嫌を損ねた。思ったときにはもう遅い、レイはさっと俺の手から抜け出していた。 「あっ」 捕まえようと手を伸ばすが、レイは両腕の間をくぐり抜け、俺の真下に着地した。俺のへその辺りに爪が立てられる。 「痛っ!」 思わずしりもちを付いた。突然俺が動いたものだから、レイは支えを失い、一緒に倒れ込む。何とかトランクスのゴムに爪を引っかけて、ぶら下がっていた。トランクスが腰の辺りまで脱げる。 「こーら、放せ!」 俺は慌ててレイを引き離そうと胴体を掴むが、それが逆効果だった。レイは爪に力を入れて、トランクスを引っ張る。それ以上は本当に止めてくれ、脱げる! 俺は泣きそうだった。 さらに目を疑うことになる。 レイは問答無用でトランクスを引き下ろし、俺の中心部にかぶりついた……! 俺はたまらず腕を放す。だがレイは離れてくれない。幸い強く噛まれはしなかったものの、驚いて叫び声を上げそうになる。これは、非常にまずい。 どうにか引きはがそうとするが、下手に触るとレイが本当にかみつきかねないので、ほとほと困った。レイは俺の反応に、さらに調子に乗って角度を変えてかみついてくる。 いや、ちょっと、この刺激は……。別の意味でヤバイ。俺は手の甲で自分の口元を押さえた。叫び声じゃなくて、別の声が出そうになる。 俺自身が次第に熱を持っていくのを感じた。与えられる刺激に、感じてしまっているのだ。ペット相手に何盛ってんだ俺……。情けなさ過ぎて泣きそうになる。 ここのところ抜いてなかったからなおさらだ。ただ単に忙しかったからなんだけど、こんなことになるなら、放っておかなければ良かった。……こんな事態、誰にも予測不可能だけど。 ていうか、レイさん、何でそんなにテクニシャンなんですか。小さな舌が俺を丁寧に舐めあげる。狭い口の中で硬口蓋に先端が当たり、こすれる。俺は浴槽の縁を掴んだ。力が抜けるっ……。 ――このまま上り詰めてしまおうか。ペットにいかされる屈辱に抵抗もあるけど、それ以上に快感か強い――。 「あ……ふっ……」 レイの口の中は気持ち良くて、ザリザリした舌触りが俺にさらなる刺激を与える。いきそう。射精感を覚えて、必死で耐えようとした。さすがにレイの口の中で出すのはまずいだろう。 「レイ……放せ」 頭をなでて懇願するが、もはやレイも気持ちよさそうに俺のモノをなめていた。おもちゃ程度に思っているのだろうか。だとしたら、とんでもない遊びを覚えてしまったものだ。レイの癖になったらどうしよう。それ以上に、この快感が俺の癖になったらどうしよう。 レイが俺の股にしがみついてきて、そのとき根本の方に肉球があたる。柔らかい感触に、俺の限界が訪れた。 「ぅあっ……!」 駄目だ、と思った瞬間、俺はレイの口の中で欲望を吐き出していた。 レイは驚いて俺のモノから口を放す。やっと開放されたモノは、射精後のけだるさを抱えて重力に従い垂れ下がった。……やってしまった。 手のひらで顔を覆う。俺は嫌悪感に襲われていた。飼い猫の口の中で射精してしまうなんて、あり得ない。恥ずかしくて、みっともなくて、涙が出てきた。 ところが、刺激はまだ止まらない。再び、ざりっとした物が俺にすり付き、俺は体を震わせた。レイが、俺自身をなめているのだ。正確には、先端の方。精液をなめ取っている。ミルクだと思っているのだろうか。 精液は明らかにおいしくないと思うのだが。レイはなぜだか気に入ってしまったようで、綺麗になめ尽くしてしまった。 まるで母親からミルクをねだるかのごとくに、吸い付いてくる。いけないと思いつつ、その姿にくらくら来た。可愛いらしくて、全てを許してやりたくなる。 って、ペットに欲情してどうするんだよ! 俺は普通に人間が好きだぞ! 思いに反して、俺のモノはまた熱を持っていった。 「も、イヤだっ……」 俺はつぶやいて、二度目の絶頂を迎えた。 |