[アンバランス]
君の隣 女に飢えているわけじゃない。 そこまでもてるような人種ではないが、遊び人の気性とそこそこの見てくれのおかげで、それなりに女性とはつき合ってきたわけだ。 つき合っている奴もいるし、欲求不満なわけでもない。 と思う。 なのに、隣を歩いている奴のうなじが異常に気になるのは、何なんだろう。 俺は町中を男二人で歩いていて、道行く綺麗な女性はたくさんいる。 長い髪を押さえながら、ショウウィンドウの中の鞄に見入る、赤いハイヒールの女性。 背中の大きく開いた服を着て、友達と騒ぎながら通りすぎていく今時の女子高生。 時間を気にしながら小走りで向かい側の道路を行くOL。 選り取りみどり、色々な果実が成っている。 なのに、何でこいつなんだ。 それは俺にもわからない。 髪が短くてつんつんしているから、必然的に首筋が見える。 男にしては細めの首を絞めたいという衝動にすら駆られる。 「で、今月は何になると思う?」 隣を歩く、その友人が、俺の方を見上げる。 特にぱっとする顔立ちでもなく、人から一番覚えられにくいタイプの顔。 俺も、受験会場で隣の席にならなかったら、覚えちゃいなかっただろう。 受験が終わった後にお互い友達を引き連れて遊び倒した。 それからメールアドレスは教え合ったものの当然男同士で連絡を取るはずもなく、 大学入学後にキャンパスではち会わなければ こうしてとなりを歩くほど仲良くはならなかったはずだ。 それくらい、ある意味どうでもいい仲の友達。 俺と中堂作樹(なかどうたつき)は、そういう関係だった。 「喧嘩売ってんのかよ」 眉間にしわを寄せ、機嫌悪そうに作樹が言う。 俺は意識を引き戻されて、「何だよ」と言う。 「無視してんじゃねぇ! ここのところずっとそうだよな!」 昔無視された経験でもあったのか、作樹は声を荒げる。 俺はまたやってしまったと言わんばかりに顔を歪めた。 実は、最近珍しいことではない。 作樹のことを見過ぎて、周りが見えなくなることは。 おかげでどうも作樹からは「自分のことを嫌ってるのではないか」という 誤解をされている。 別に嫌いではない。 別に好きでもないはずだ。 でも、身長は低めだけど、体のパーツとバランスがすごく整っていることに気が付いたのは、 明らかに最近のこと。 それだけ、俺は作樹のことを見てしまっているんだと気づかざるを得なかった。 毎回話を聞き逃すたびに、言い訳が大変だ。 本当のことを言うわけにもいかないし、とりあえずいつもの調子でごまかしておく。 「寝不足なんだよね」 それでにやりと笑っておけば、自ずと作樹には通じる。 「のろけかよ! どうせ俺には彼女いませんよ!」 彼女いない歴2年ですよ、と喚きつつ、作樹はずんずん先へ進む。 怒っている作樹の後ろ姿を見て、動きが可愛いな、とか思ってしまう。 後でゆっくりなだめないといけないと思うと、少し気は重かった。 また嫌われるかな、こりゃ。 すでに末期症状なのだろうか。 男に「可愛い」と思ってしまうあたり。 そもそも、ずっと視線を追ってしまう時点で。 今はただ、見てるだけでも十分だった。 俺の心を知れば、きっとあいつは離れていく。 俺はれっきとしたノーマルで、あいつもそうなんだから。 大股で歩けば、俺の方が背が高いので、簡単に追いついてしまう。 それが気に入らなかったようで、作樹は勢いよく後ろを振り返った。 「付いてくるな!」 誰が見ても八つ当たりである言葉に、俺は苦笑する。 可愛くて仕方がない。 自然ににやけてきてしまい、作樹はさらに声を荒げる。 「馬鹿にすんじゃねぇ!」 「はいはい」 やっぱり怒り返す気にもなれなくて、俺は作樹の横に並んで歩く。 作樹は諦めたのか、顔をしかめたままそのままの歩調で歩いていた。 ただし、足音をずんずんならしながら。 「機嫌直せよ」 ちょっと体を曲げて、作樹の耳にキスを落とす。 舌先でなめてやれば、おもしろいほどあからさまに硬直する。 少し進んでから、後ろにいる作樹を振り返る。 熟れたトマトのように赤くなって、放心していた。 俺はポケットから携帯電話を取り出して、 ディスクトップに貼り付けてあるカメラのアイコンを押す。 焦点を合わせて、サイドのシャッターボタンを押した。 カシャリと、機械音が鳴る。 携帯電話を構えた俺を見つけ、状況を把握したらしく、作樹は泣きそうな声を上げた。 「何しやがってめぇ!」 興奮しているせいか、ちゃんと言えていない。 思わず笑いそうになりながら、背を向けて駅に向かって走り出した。 「逃げるなー! 消せー!」 周りの迷惑を考えていない怒声が飛ぶ。 俺は後ろをちらりと見て思いっきり笑顔を向けて見せた。 歩道橋を駆け上り、まばらな人混みを縫っていった。 後ろからは、作樹の罵声。 真っ赤な顔で、泣きそうになりながら必死で追いすがる。 でも、あまり速くはない。 当然だ、高校時代は陸上の長距離をやっていた俺にそう追いつけるわけはない。 大学一年の今はまだ現役から退いて間もなかった。 作樹がやっとの事で追いついた頃には、彼はへとへとで、怒りも忘れて言った。 「お腹空いた……」 俺は耐えきれずに大爆笑していた。 十分幸せなひとときだった。 作樹のことを近くで眺めて、時々触れて、からかって。 その側にいられる時間が、どうしようもなく大切だった。 しかしこのアンバランスな状況が。 果たしていつまで続くことやら。 今だけは、考えさせないで欲しい。 END 試験期間中だったけれどどうしてもBLが書きたくて書いた物。 書き途中のがまだ数作あります(と言うか、最近行き詰まってるのでどれも完成してません)。 珍しい攻めの視点。 あ、でも攻めの名前が出てきてない。 一応、彼我順一(ひがじゅんいち)です。 |