[橋]
架け橋



好きな奴とはずっと一緒にいたいと思うわけで。
当然俺も例外ではない。
何か用事を作ってでも、いや、用事がなくても、傍にいようとするものだと思う。

だけど俺の思い人は一筋縄ではいかないらしい。
以前話を聞いたのだが、どうも人と連むのが嫌いなのだという。
苦手、とかではなく。

クラスが一緒になった時いつも一人でいたのでてっきり口べたなだけかと思っていたのだが、口をきいてみるとそこには独自の世界観が形成されていた。
あまりにもかけ離れた思想を持っていたので、その時どんな話をされたかは覚えていない。
ただ、強烈な印象だけが俺の胸に深く刻み込まれていた。

おもしれー奴。
それが、葉原満への第一印象だった。

そこからどう転がっていったのか、今では俺はずいぶんと満にご執心らしい。
というのも、理由がよく判らないから現実味が湧かないのだ。
隙あらば話しかけ、一緒に行動している自分がいる。
何よりも満が最優先となっている。
いつの間にか葉原満に染められていた自分に気づいた時、俺は確信した。
ああ、俺は満が好きなんだと。

出来るだけ傍にいたいのだが、用事がなくても傍にいたいのだが、満はそれを拒む。
用事もないのにつきまとっていたら、満を不快にさせるだろう。
嫌われかねない。
満のすぐ傍というのは特等席でありながら危険地帯でもあるのだ。

満の傍にいるために席替えの度に一番前の席を選んでいる。
元々うるさい話し声の中授業を聞く気にもなれなかったが、一番前の席には座りたいとは思っていなかった。
だけど満は堂々と一番前の席を選んだ。
周りの目など気にもとめていないのだ。
ただ黒板が見やすいから一番前の席に座る。
先生の視線をも気にしていないから、満には最前列であるデメリットが一つもない。
俺が今までデメリットだと思っていたことが急に小さいことのように思えて、気が付けば俺も一番前の席に座っていた。
満の隣を陣取るために、あえてど真ん中の席に。

俺はいつも距離を測っている。
近づいたり、離れたり。
全体的な距離はたぶん、近づきつつあると思う。
適度な距離をとりつつ、少しずつ近づいている。
まるで野生動物を手なずけているかのようだ。
近づきすぎれば牙をむく小動物。

俺は今大きな一歩を踏み出したと思う。
今日、満の家に行けることになった。
満がぽつりと集めている本の話をして、俺がそれに食いついた。
満はそれが嬉しかったらしく、いつになく色々と話をしてくれた。
言葉を選びながら嬉しそうに話をする満は頭を撫でてやりたいほど可愛かった。
これだから、この野生動物を手なずけるのをやめられないのだ。

話の要点を逃さない程度に満の動作を見つめて、俺はまた距離を測っていた。
満の中では、俺がおそらく一番仲が良い。
そして家もそこまで遠くない(満は覚えていてくれなかったが、中学も同じ学校だったんだ)。
ちょうど今日は部活の定休日なので放課後に用事もない。

これは、行けるか?
と自分の中で会議を終えて言ってみた。
「じゃあ、今日お前ん家行くからその本貸してくれよ」
最初は言葉を濁していた満だったが、今日がとても都合の良い日であること、俺が満の家に行ってみたいこと、早くその本を読んでみたいことなどを並べて説得したら了承してくれた。
満の家に着くまでずっと渋ってはいたが。

感情的な討論には反発してくる満だが、揺るがないちゃんとした理由のある意見はあっさり認める。
根が真面目なので、理由もないことに対しては厳しいようだ。



そして今俺は満の家の部屋にいる。
こぢんまりとしていて、ベッドと本棚と机でほとんど床が見えなくなっていた。
本棚には教科書類が詰め込まれている。
今日話していた本は一見して見あたらないが、一体どこに置いてあるんだ?

無駄な物がほとんど置いていなくて満らしい部屋だった。
ノートパソコンが一つ置いてあるから、趣味は全てそれ一つで補われているのだろう。
満は確かパソコン部に入っていて、パソコンには相当詳しかったはずだ。

俺が座るスペースはなさそうなので、入り口で待たされる。
部屋の中を見回すが、ポスターの一つ貼っていない。
普通好きなアイドルグループのポスターくらい貼ってあるものなのではないだろうか。
一瞬だけ見えた満の兄の部屋には、ポスターが壁中に貼られていた。

部屋の中を探っても、満の私生活に関する物は特に掴めなかった。
一体どんな趣味があるのだろうか。
目に付いたのは二台のラジカセだが、いつだったか音楽鑑賞は好きじゃないと話していた気がする。
CDも目に付く所にはなかった。
何故二台もあるのか疑問に残るところだ。

部屋の中を見るのも飽きて、視線を下ろすと、満は何故かベッドの下を探っていた。
角度を変えて見ると、シーツの下から文庫本や漫画がのぞいている。
結構今流行の漫画も置いてあって、今度はこれをネタに家に上がらせてもらおうと心に留める。
俺の脳というのはたいていこういうくだらないことに記憶力を発揮していた。

ベッドの下って、何かエロ本の隠し場所みたいでいかがわしい。
だけど真面目な満のことだから、部屋にエロ本などないのだろう。
休み時間とかにそういう話題が出ても満はまるで乗ってこない。

満がさらに奥の方を探すと、腰が高く上がる。
突き出された尻に俺は思わずどきりとした。
絶対に意図してやっていないんだろうけど、おいしすぎるアングルだ。
触ってみたいという衝動に駆られる(エロ親父か俺は)。
いくら友人とはいえ、そんなことをやったら俺は確実に警察のお世話になってしまうが。

でも、玄関の靴を見た限りでは家に誰もいなかったよな……。
部屋をざっと見た感じでも、今この家の中は俺と満の二人きり。
ここで動かないと男じゃないか?
いやいや、すぐに誰かが帰ってこないとも限らない。

俺の理性で何とか欲求を抑え、満の動きを見つめるにとどめる。
水泳の時も思ったけど、満って意外と足が長くていい体のラインしてるんだよな。
筋肉はあまりついていないけど、無駄な脂肪はなくて全体的に細い。
だからといってやせすぎではなく、きれいな体つきだ。
これが興奮してしなるとどういう動きをするんだろう……。

妄想の中で興奮してきてしまい、下半身に熱が集中し始める。
いくら何でもここで熱を発散するのはまずいだろう。
俺は大人しく妄想を諦め、熱を鎮めることに専念した。

本を引きずり出して満が顔を上げたが、果たして俺の興奮を悟られやしないだろうか。
満は本の冊数を数えてから、少し微笑んで差し出してくる。
この様子だと、たぶん悟られてはいない。
満はぶっちゃけ他人の心情の変化には疎い。
行動パターンは結構観察していたりするのだが。

受け取ると、本はずっしりと重かった。
何か、満からプレゼントをもらったようで嬉しい。
好きな人には何でもない日にでも何かを贈りたい。
好きな人からは何でもない日にでも何かをもらいたい。
それが欲しい物だったら幸福感はひときわだ。

「サンキュー!
これ読みたかったんだよな!」
本を大事に抱え込む。
絶対大切に読むんだ。
これを読んでいる間、俺はきっと満を思い出せていられるだろうから。
満が面白いって言う本だから絶対に面白いに違いない。
表紙を眺めて、俺はわくわくしていた。

背負ったままのカバンを下ろして、早速本をしまう。
持っていく過程で本を曲げたら元も子もないから、カバンの中身を整理して詰め込んだ。

ふと、名案を思いついた。
思いついたら実行したくなった。
実行したら満は驚くだろうか。
鈍いから意外と反応も鈍いだろうか。
あるいは嫌われるだろうか。

嫌われることはないと思った。
満は時々妙に甘えてくる時がある。
すり寄ってくるのだ。
言葉では何も言わないが、背中にへばりついてきたり、寄りかかってきたり。
毎日顔を合わせていることには苦痛を感じても、一時的なスキンシップは問題ないらしい。

俺は満を手招きする。
満は首を傾げて近寄ってきた。
少し、何も知らない子供をだますような罪悪感もあったが、まぁきっと大丈夫。
俺は満の両頬を両手で押さえて、上を向かせた。
「お礼」
にっこり笑って言ってやると首を傾げたがっているのが手のひらを通して伝わったきた。
ちょうど玄関の時とは逆のシチュエーションだ。

満の、少しだけ開いた厚い唇に自分の唇を押しつける。
厚みがある分すごく柔らかかった。
初めて彼女とキスをした時は、リップクリームが塗ってあって奇妙だったけど、生の唇はすごく心地よい感触だった。

ずっと感触を味わっていたかったけれど、ここは笑って済ませる場面だから、あまり本気でやるのは不自然だ。
次にまた機会をうかがえばいい。

唇を放すと、目を見開いたまま硬直した満の顔があった。
正確に言えば、キスする前とまったく同じきょとんとした顔で虚空を見つめている。
視線自体は俺の方を向いているけど確実に焦点が合っていない。
何か赤ん坊みたいだ。

目の前で指をくるくる回してやると、反射的に黒目がついてくる。
うわ、どうしよう、可愛い。
でももう一回やったらさすがに怒られそうなので、ここは我慢だ。
「ごちそーさま。
本ありがと。
速めに読んで返すよ」
名残惜しくて唇を指でなぞると、温かかった。
キスしたせいか湿っている。
満の頬がどんどん赤く染まっていった。
人間の頬が赤くなる瞬間を初めて見た。
目に涙がたまっているのが判る。
下まぶたでかろうじて止まっていて、今にもこぼれ落ちそうだった。
濡れた黒目がきらきら光る。
まるで磨かれたオニキスのようにつややかできらめいていた。

頬にキスしたい。
赤いほっぺはとても温かそうだ。
目元にキスしたい。
満の涙はどんな味がするのだろう。
きっと優しい味がするんだ。

満の頬の熱が手のひらを通して伝わってきた。
俺は両手に力を込めてほっぺたを潰す。
意外と柔らかい。
そのままこねるように頬を回すと、満は反射的に瞳を閉じる。
うわまぶたに押されて、涙が頬に流れ落ちた。
「嫌?」
声は出さずに首が横に振られる。
小刻みに何回も。
まるで小動物のような動きに、本能的になで回したくなる。
小刻みなのは俺が顔を押さえつけているせいなんだけれども。

キスしても嫌じゃないってさ、友人の特権だな。
俺は嬉しくて満を抱きしめたくなったけど、代わりに満のおでこに俺のおでこをくっつける。
お互いの熱が伝わり合って、何だか不思議な感じだった。
満の方がほのかに暖かい。

キスすることって、こうして肌で触れ合うことの延長だと思う。
傍にいたいから、肌が触れるくらい近くにいると嬉しいし、互いの熱を感知できるのはすごく幸せ。
また少し、今日は満に歩み寄れたかな?
勘違いでもそう思っておく。

好きな人とは傍にいたい。
例え一センチでも、一ミリでも近くに。
そのためならどんな遠回りをしたってかまわない。
傍にいるためなら、どんな回り道も最短距離に思える。
恋ってそういうもんだろ?
恋をすればきっと誰もがスーパーマンやスーパーガールになれる。

待ってろよ、満。
チルチルミチルは青い鳥を捕まえに行ったが、俺はお前を捕まえてみせるから。

だって、俺の名前は「橋」なんだ。
例え俺とお前の間に海があろうとも、俺はお前の元へとたどり着けると思わないか?

橋。

俺とお前の間に、いつかでっかい橋を架けてやる。
例え曇っていても、天の川を越えて会いに行けるような、でかくて丈夫な橋を。



END

橋視点でお送りしました。
満は橋を神聖視しているけれど、実は満の方が摩訶不思議な存在であるわけです。
さわやかに描こうと努めましたが、橋のエロ親父ぶりはぬぐい去れませんでした。
私の書く攻めはどうしてもむっつりスケベが多いです。
男なら堂々とヤレ(犯罪)。



モドル