[本音記念日]
「そう言えばさ」 翌日の通学路、優司はぽつりとつぶやいた。 朝練に出かけていくのは運動部だけで、しかも部によって時間帯が違うから、周りにはあまり人がいない。 時折、駅へ向かうきまじめそうな会社員とすれ違うくらいだ。 「何?」 問い返して上を見ると、真剣な表情とぶつかった。 僕はぎくりとする。 「よくよく考えてみると、俺は昨日お前に告白したんだよな?」 念を押すように聞いてくる。 よく考えなくても、告白したに違いない。 少なくとも辞書の意味通りのことはしている。 僕は視線を逸らした。 優司が僕の鼻を掴んで、視線を戻す。 僕の鼻を取っ手代わりにしないで欲しい。 いつか鼻がもげそうだ。 優司はなかなか放してくれない。 それを訴えると、「返事を聞くまで放すもんか」と言われた。 鼻をつままれたまま言うんですか。 かなり間抜けな構図だけど、どこか感覚の抜けている優司は、お構いなしだ。 僕はため息をついた。 「あのね」 優司の手を握りしめると、驚いたのか力が抜ける。 僕はその手を鼻からどかした。 かかとを上げて、つま先で立ち、背伸びをする。 唇の先がかすかにふれあった。 「嫌いな奴とこんなコトされたら、殴ってるよ」 優司は唇を押さえて真っ赤になる。 初めて見る顔に驚いた。 「ほー、初めて見る顔だな」 僕の感想をなぞるようにして、声が聞こえた。 振り向くと、道の後方に砂原先輩がいた。 げ、今の見られた。 恥ずかしくなって、何とか平常心を保とうとする。 「おはようございます」 とりあえず口を出たおざなりの言葉は、震えていた。 砂原先輩は苦笑した。 「いやー、朝からラブラブなことで。 俺の入るスキなし?」 「最初からな」 優司が僕を引き寄せて、先輩に不敵に言い放つ。 大胆な台詞に僕は赤くなる。 体が熱いのは、優司の体温が伝わってくるせいだけじゃない。 体全体が優司に反応しているんだ。 「まいったね」 先輩は呟く。 「俺も一応、創っちゃんのコト好きだったんだけど」 ごまかすように、先輩は「今の、宿題の答え合わせね」と笑った。 申し訳ないと思うと同時に、不思議に思った。 優司の言っていたことは本当だったんだ。 砂原先輩が僕のことを好いてくれたって。 だけど、どうして。 「どうして僕なんかを」 砂原先輩は言っておくけど、モテる。 テニスが出来て性格も良くて、背も高いしカッコイイ。 女子からの人気は学年の違う僕の耳にまで届いてくる。 別に僕みたいな人間に惹かれる理由はないんだ。 もっと素敵な人たちが先輩の周りには集まるんだから。 先輩はすっごく優しそうな笑みを浮かべた。 そのほほえみに僕はぽかぽかと暖かくなった。 「そういうところ?」 よく判らなくて首を傾げると、先輩は僕の頭をぽすぽすと叩く。 「いちいち動きが小動物っぽくて可愛いんだよな」 あの、それ優司にも言われたんですけど、そこまで野性的ですか僕は。 先輩に対抗してか、優司が僕を強く抱きしめる。 ちょっと暑い。 でも嬉しくて、思わず顔がゆるんでしまった。 「あんたには渡さないよ」 低い声が上から降ってくる。 体を通して直に響いてくるその声は、心地よく僕の中に響いた。 普段日常ではあまりやる気を見せない優司だから、僕だって珍しく聞く声だ。 テニスをしている時のような、あの挑発的な雰囲気が感じられる。 だけど先輩はさらりとそれを無視して、背中を向けた。 「別に君に渡されなくても良いさ」 不敵に言い放つ。 口角が微かにつり上げられた。 「はじめっちゃんを悲しませるのなら、俺はすぐさま奪いに行くよ」 勇司も不敵な笑みを浮かべた。 「あり得ないね」 それを聞いて砂原先輩は満足げに笑った。 「さて、どうかな」 そう言って、去っていった先輩の言葉は、ある意味僕たちへ送る祝福の言葉だったのだと、後々僕は気付くこととなる。 しかしこの時どこまでも鈍かった僕には、二人のやりとりを何だか遠い世界のことのように感じていた。 ただ、勇司が抱きしめてくれる感覚だけがリアルだった。 逆にその現実さえあれば、その時は何も要らなかった。 充分満たされた僕の中には、何も入り込む余地はなかったんだ。 「行こうか」 腕を放して、代わりに手を握られた。 大きくて、何でも包み込んでくれそうな手。 ずっと僕を見守ってくれていた、大きな手だ。 僕はその手を握り返して、大きく頷いた。 何だかいつもの通学路が違って見える。 まるでヴァージン・ロードみたいだと言ったら臭すぎるだろうか。 それでもこの胸の高鳴りはいつもと違っていた。 これからに対する期待と不安。 だけど、何があっても勇司と乗り越えていけそうな気がする。 根拠はないけど、自信に満ちあふれていた。 その自信が何だか気恥ずかしくて、とても口には出せないんだろうけど。 君には伝わると思う。 握る手から感じる体温を、勇司も感じていてくれるのかと思うと、そんな気がした。 FIN. やっと終わりました、本音記念日。 部活で書いた小説のBL版です。 というかBL小説を書こうと思ってたらうっかり部活の方に出しちゃったのでBL部分をカットしました。 悔しかったので告白編をここに掲載。 本当は短い話だったんですよね。 ていうか、最終回もほとんど書き終わっていました。 なのにだらだら引き延ばしてしまいました。 連載物は絶対完結できない性格です(書き上げてから載せようよ君)。 |